大映社長、大毎オリオンズオーナー  
  永田雅一[ながたまさいち]  
  (1906〜1985)  
  1906(明治39)年1月21日京都府京都市出身。1923(大正12)年大倉高等商業学校(現・東京経済大学)を中退。1925(大正14)年日本活動写真(日活)京都撮影所に入所。1934(昭和9)年日活を退社。第一映画社を創立。新興キネマ取締役京都撮影所長。1942(昭和17)年大日本映画製作(大映)専務に就任。1947(昭和22)年社長となる。
1948(昭和23)年1月公職追放になるが、5月に解除され社長に復帰。
1951(昭和26)年『羅生門』がベネチア映画祭でグランプリを受賞したのをはじめ『源氏物語』『雨月物語』『地獄門』等、数々の名作を手掛け大映の黄金時代を築く。

また、プロ野球の大毎オリオンズのワンマンオーナーとして君臨、1953(昭和28)年パシフィック・リーグの初代総裁に就任。

1960年代から映画界は急激な不振となり、永田の放漫経営もたたり1971(昭和46)年12月23日に倒産、社長の座を降りるが、1975(昭和50)年プロデューサーとして映画界に復帰した。1985(昭和60)年10月24日逝去、享年79歳。没後の1988(昭和63)年野球殿堂入り。
 
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